(46): 乾杯! チアワイン

あっという間に年の瀬、そして大晦日。

サンクスギビングを迎えてからは何かと慌ただしくなるのが常で、気がつけばクリスマスも過ぎ、ニューイヤーは目前に。

富士子ちゃんも、お仕事にバケーションに年末の大掃除に…と、とっても忙しい毎日!なのですが…

2017年といえば、やはり最後にこの記事を出さずにはいられない。

皆さんはご存知ですか?

その名も、

チアワイン。

かなりマイナーな、アメリカはノースカロライナ発のソーダの名前です^^

ちなみに、ワインとは言ってもれっきとしたソフトドリンク&ソーダですので、アルコールは全く含まれていません。

ワイルドチェリー味で炭酸きつめ、この不思議なお味が愛されて、なんと今年で100周年!

(c) Fujiko
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おめでとう、チアワイン100周年! ちなみにずっと家族経営。

ソーダは滅多に飲まない富士子ちゃんですが、田舎町のカフェでぷらっとランチする時なんかは、何となくチアワインを頼んじゃう。観光客気分でね^^

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富士子ちゃんのオーダーしたハンバーガーは、ノースカロライナならではのご当地名物コールスロー入りバーガー。

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ペプシも実はノースカロライナ発祥。こちらは結構有名なトリビアかな?

ノースカロライナは良いところ。

ラーレー、ダーラム、チャペルヒルのトライアングル地区は、ある意味ガラパゴス化してるんじゃないかな?と思ったり。

トライアングル地区といえば、米国南部に位置するノースカロライナ州にありながら、国際色豊かで、外国人にも、ある程度不自由のない便利な町々。もちろん富士子ちゃんもその恩恵を享受している一人ではあるけれど。

そんなノースカロライナ州の面白いところは、トライアングル地区からちょっとだけ車を走らせれば、時間が止まったような…というか、タイムスリップしたような昔ながらの変わらぬ田舎町が点在しているところ。

日本だったら、昭和のまま時間が止まった様な町や村。そんな感じ。

人もとっても優しい。

優しくされるから、他の人にも優しくしたくなる。

そういう正の連鎖がある地域なんだろうなぁ…と実感できた年の瀬でした。

さて、今年も拙文をお読みいただきありがとうございました!

2018年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆さまも良いお正月をお迎えください^^

あっという間に年の瀬、そして大晦日。

肝臓移植、腎臓障害、複数の癌に侵され80歳で逝った友人は彼女が生きている間に何十回と手術を受け体は十文字に手術の跡が複数残りその凄惨な病歴を物語っていますが、彼女が生前いみじくも言った「人は生まれ落ちた瞬間からその人の一生の生きる時間は予め決められている様な気がする」と云う言葉が忘れられません。

例えばどんなに危険な所に居ても不思議と傷一つなく生き延びる人が居るもので、私の夫はベトナム戦争時に国務省から派遣され南ベトナムでC I Aのスパイをやって居ました。 彼の話を聞くと6年間もジャングルの中でスパイ活動をして居て良くも生きて帰って来られたものと驚きますが、二人で一緒にジープに乗って居た相棒は銃撃の際に弾が頭蓋骨を貫通し即死したのですが、僅か50センチ程離れて座って居た夫は飛び散る銃弾の中を不思議とかすり傷一つ受ける事も無く生き延びたのです。

この原稿を書いている2017年のクリスマスイブに今年1年を振り返りますと私の周りだけでも6名の方が亡くなりました。 こう云う言い方をすれば大変不謹慎かも知れませんが、90歳を過ぎて所謂歳に不足は無い方から、未だ若いこれからを期待された方など様々ですが、人の命と云うのは常に死と隣合わせだと云う思いを新たにした出来事が有りました。

12月3日(日曜日)の朝8時ごろ夫が耳が痛いと言い出し医者から処方された抗生物質Amoxiciillin 875mg を1錠服用しました。彼は耳の持病が有り症状が酷くなる前に最初の症状が出た時点で直ぐに服用するとこの薬はバクテリアの増殖を止める働きが有りますので症状が緩和され、過去数年はこれを常備薬として使って居ました。

薬を服用して直ぐに彼は車で外出したのですが10分もしない内に家に戻って来ました。私は何か忘れ物でもしたのかと思い玄関のドアを開けますと「気分が悪い」と言って寝室へ直行しベッドに倒れ込みましたが直ぐに激しい嘔吐が始まり息も絶え絶えに「医者に連れて行ってくれ」と申しますが、一人では立てない状態であり私が彼の体を支えて運転して医者へ連れて行ている場合では無いと判断し911に電話をし救急車を要請しました。

救急隊が到着したのは約10分後でしたが心電図と血圧測定の結果血圧は上70・下30迄下がっており既にこの頃はこちらの呼び掛けにも十分に反応出来ず重篤な状態となって居ました

直ぐに救急病院に搬送されたのですが、激しい体の震えの為自力で衣服を脱ぐ事は既に不可能となって居て看護師さん達が体を押さえ付けハサミで彼の衣服を切り、色々な薬品がチューブを通して体に入るスパゲッテイ状態となり2日間病院に留め置かれる事になりました。

これは一般に良く言われるペニシリンショックと云うもので、夫も私も彼がペニシリンにアレルギーが有ると云う事を全く知りませんでしたし、この薬は過去少なくとも2、3年は服用して来て何の問題も起こらなかったのです。

ところが救急病院の医者の説明では今迄ピーナツを食べて何事も起こらなかった子供が或る日ピーナツを1粒食べた途端に突然アレルギー反応が起きて呼吸困難になる様なもので、体内で長い間に蓄積されたアレルギー物質が全ての条件が揃った時点で大爆発を起こすのだそうです。

従って今後はペニシリン系の薬は一切使えなくなり、肺炎に罹らない様くれぐれも注意しないと、一旦肺炎に罹患すると今度は使う薬が無いとの事で、エピペンと云うアレルギー反応が出た時点で即注射をしアレルギーを中和する薬を常備する様に指示されました。

夫があの時苦しいながらも何とか自力で自宅まで辿り着けた事、そして幸いにも私が家に居て救急車を呼んだ事が彼の命を救った訳で、医者は例え彼が家まで戻れていたとしても誰も家に居なくて911に電話をしなかったら100%あの時点で彼は死んでいたと言いました。

私達は自分の死の時を知らされてはいませんし、余りの苦しみに耐えかねて死を望んでもそれは与えられるものでもなく、人が生き永らえると云う事は何かしら人間の力では無い何か大きなものの力が作用しているのではないかと思えます。 生きているが故に本人には分からずとも何かの役に立っている事もあるでしょうし、生きている間に学ばなければならない事柄が有るのでそれが終わる迄は大きなものの力で生かされているのかも知れません。